終わりへ
旅の終盤になると、風は強いけれど晴天が続き、スウェーデン7番目の高さを誇るアッカ山が常に見える様になった。それまでは晴れたり曇ったりの繰り返しだったので、すっきり晴れた青空の下は歩いていても気分がいい。
なかなか近づかないアッカ山を見ながら、あの山の麓に着いてしまえば旅が終わる。と、旅の終わりを意識しだした。長い旅の最初の数日間は体が歩く事に慣れていない、だけど3日目を越えると歩ける体になってくる。一週間を越えると体の痛みもあるし、減ってきた食事の心配もある。だけど旅が日常に変わって、ゴールするのが勿体なくなるなる。これは長距離を歩いた人はきっと感じていると思う。
ダイエット?
今回の旅では余裕を見て2週間分の食事を持ち歩いていた。朝と昼は軽くて栄養が取れるグラノーラなどをカップ一杯ずつ。夜はパスタや袋ラーメンだった。足りないカロリーと引き換えに、お腹周りの肉がどんどん落ちて行った。
サーレクへ
旅を終える前にサーレク国立公園に入る事にした。いままで歩いていたパドィエランタラーデンは、このサーレクの周りを歩くルートだ。「ニルスの不思議な旅」にもこのサーレクの事が少しだけ書かれている。実はスウェーデンの20クローネ紙幣には「ニルス」が印刷されている。
サーレクと今まで歩いたルートとの違いは「道が無い」ことだ。もちろんヒュッテも無く、サポートを受ける事は出来ない。だから立ち入る人は少なく、本当の自然が広がっている。
実際、足を踏み入れると、トナカイの足跡かヒトの足跡か分からない筋が無数に広がっていた。いままで雪山以外で踏み跡の無い自然の中を歩いた事はなかったけれど、目の前に広がる広大な草原を見つめていると「まあ、気張らずにおいでよ」と自然が語りかけてくれる様な気持ちになった。
自由だと思っていたこれまでのトレイルも、結局は出来上がった道を歩いていた。自分の歩きたいルートを、自分の行きたい所まで歩く。これが現代ではめったに出来ない本当の旅なのかもしれない。
サーレクの風
テントを張った後、サーレクに吹く自由な風と太陽の光に自分の体とデニムをさらしてみた。ここの風の心地良さは、きっと自分もデニムもずっと忘れないだろう。
自然との関わり
サーレクに別れを告げ、船着き場に向かう途中のヒュッテに立ち寄ってみると、子供のオムツが干してあり、トナカイの角で作った子供のおもちゃがころがっていた。この大自然のなかで育つ子供たちは何を感じ、どんな大人になっていくんだろう。
船着き場近くの小さな食堂で焼魚を買うと、おばあちゃんが嬉しそうに包んでくれた。旅の終わりと始まりを迎える食堂のようだ。魚を受け取る時に「そういえばこのトレイルに本当にクマはいるの?」と聞いてみたら「スウェーデンのクマは日本人を食べないから大丈夫!」と笑いながら答えてくれた。
デニムのある世界、道の終わり
1時間程、船の上で離れていくトレイルを見つめながら旅の思い出に浸っていると、漁帰りのサーミ人老夫婦がボートから手を振ってくれた。おばあちゃんがデニムを履いていたのを見て、デニムのある普通の世界に戻ってきたんだと、なんだか淋しく思った。
桟橋に着いた後、湖面に写るアッカ山を見つめていたら、ふいに泳ぎたくなって思いきって湖に飛び込んだ。当然ものすごく冷たいけれど、源流の身を切る冷たさ程ではなかった。源流からの旅。湖に浮びながら目的地に辿り着いた事を、今回の旅が終わった事を強く感じていた。水が暖かくなった様に自分も何か変わっただろうか?
旅の途中で見た景色や旅の途中に感じた沢山の事、こうやって書いてみてもまだまだ言い表せない。
この旅は、心に残る一生に一度の旅になるだろう。